現代社会における「仕事観」は、著しく形骸化しています。歴史上の偉人たちが、時に『葉隠』に代表される武士道精神のように、自らの魂や信念をかけて職務を全うしたのに対し、現代の労働は単に「生活費や報酬を得るための手段」へと成り下がってしまいました。これと完全に呼応するように、人間の内面の成熟、すなわち「大人になること」の本質も失われています。年齢や肉体だけが成長し、内面は自分の損得や欲望しか考えられない「大人の皮を被った子供」が社会に蔓延しているのが、現代の大きな問題です。性行為を経験したから大人ではないですし、ある程度の収入を稼げるようになったから大人ではないと思います。現代社会では「年齢」「経済力(収入)」「肉体的な経験(性行為)」といった目に見える数値や記号だけで『大人』を定義しがちですが、それは単なる外側の条件に過ぎません。それらを満たしていても、内面が自己中心的なままであれば、それは「大人の皮を被った子供」でしかないからです。
なぜ、これほどまでに幼い大人が増えてしまったのでしょうか。その根本原因は、「青春期における徹底的な苦悩の欠如」にあります。本来、本当の意味で大人になるとは、単に社会のシステムに順応することではありません。「自分はどう生きるべきか」「何のために命を燃やすのか」という、答えのない根本的な問いに対して、青春期にのたうち回り、深く苦悩するプロセスを経て初めて、人間は自己中心的な世界から脱却し、他者や社会に責任を持つ「大人」へと脱皮するのです。
しかし、効率性と快適さを最優先する現代社会は、若者からこの「有益な苦悩」を奪い去ってしまいました。傷つく葛藤を避け、年齢や収入といった「大人の記号」だけを都合よく身にまとい、内面は子供のままで社会に出てしまう。だからこそ、仕事もまた「自己の利益(報酬)」を満たすだけの道具になってしまうのです。
私たちは今一度、この甘えの構造を打ち破らなければなりません。そのために必要なアクションは以下の2点です。まず、「経済や肉体」という利便性の評価軸から脱却すること。収入の多謝や肉体的な経験だけで自分を評価するのをやめ、「絶対負(悲しみ、苦しみ、自己犠牲)」と向き合うことです。葛藤を歓迎し、精神の土台を鍛え直す必要があります。次に、仕事を「生命の燃焼」の場へと変革することです。労働を単なる等価交換の手段から、自己の理想を追求し、命を燃やすための聖なる場へと引き戻します。高い目標を設定し、職務を通じて「いかに生きるか」を体現していく覚悟が必要です。表面的な記号や自己保身に終始する「子供の生き方」を捨て、自らの人生と仕事に命を懸ける「真の大人」への一歩を、今こそ踏み出しましょう。 |